Photographed by Kaoru Mochida
今回取材に訪れたのは、築50年のレトロなアパート。年季の入ったこの建物にエレベーターなどはなく、階段を登って家主さんの待つ部屋まで向かいます。
これまた年季の入ったインターホンを押すと、中から「はーい」と返事が。取材班を温かく迎え入れてくれたのは、この部屋の家主であるjinさんです。

現在27歳のjinさんは、妻のremiさんと2人暮らし。本日remiさんはご予定があり不在のため、jinさんが対応してくださいます。

実は筆者がこの部屋を取材するのは、今回で2度目です。
初めて取材に伺ったとき、jinさんとremiさんはまだカップルでした。その後、2人は結婚され夫婦に。jinさんの苗字は鈴木で、remiさんの旧姓もまた鈴木。remiさんは“鈴木”から“鈴木”に。
remiさんの苗字と同じように、結婚後もjinさんの雰囲気は大きく変わっていないように思えます。新婚だからと背伸びをせず、あくまで等身大に。そんな暮らしの延長線上に、この部屋があります。



この場所に決めた理由
jinさんとremiさんが部屋を借りる、都内の某エリア。近くには大きな商店街があり、取材日も人でにぎわっていましたが、まさにその商店街がここに部屋を借りた理由の1つだったようです。

結婚前に2人でこのエリアを訪れて、商店街などの暮らしやすそうな雰囲気に惹かれました。同じ沿線の駅には人気の繁華街もありますが、“遊びやすさ”よりも“生活しやすさ”を優先して、この場所に決めたんです(jinさん)
生活しやすい住環境に加えてjinさんには、部屋を選ぶうえで譲れない条件が1つ。それは畳があること。

ちゃぶ台は神奈川県葉山町のショップで購入。お花は残布を利用したアップサイクルフラワーで、千駄木のFUNagainで購入。
実家が静岡で旅館をやっているので、昔から畳に愛着がありました。以前住んでいた部屋も畳がある物件で、この部屋を探すときも賃貸サイトで「〇〇駅 畳」と検索して見つけたんです(jinさん)
「和室離れ」が進む日本ですが、jinさんにとってはむしろ、畳があることが部屋選びの絶対条件。
さらに、その畳の魅力をjinさんはこう続けます。

僕、床や地べたで横になるのが好きなんです(笑)。畳はそれに最適で。泊まりにきた友人が、畳の上で寝っ転がっているのを見るのも好きなんですよね。みんなが一緒になって、肩肘張らずに過ごせるのが畳の魅力なんだと思います(jinさん)
子どもの頃は地べたに寝そべるのは行儀が悪いと教えられ、最近では生活感を隠すのが一般的。しかしこの部屋では、そのだらしなさや生活感を隠すほうがむしろ無粋なように思えてくる。
jinさんから感じる気取らない自然体な雰囲気も、実家である旅館の畳によって育まれたのでしょうか。
お気に入りの場所
趣味を詰め込んだ押入れ
「この部屋の象徴的な場所」とjinさんが話すのは、扉を取っ払った押入れ。アクセサリーやバッグなど、2人の私物がふんだんに飾られ、もはや押入れというよりディスプレイラックという印象。メガネや香水なども置いてあり、出かける前にはここに寄るのが習慣となっているそうです。



さまざまなものが飾られる押入れには、以前までremiさんの化粧台がありました。しかし今年に入り、惜しまれつつも撤去。なくなった化粧台は洗面所に移動し、DIYでつくった棚にリニューアルオープンしたそうです。
そんな押入れの片隅に、気になるものを発見。「2025年 二人の目標」と書かれた張り紙は、印鑑まで押してある徹底ぶりなので、詳しく話を聞いてみました。

2人で新年に立てた、2025年の抱負です。2024年に達成できなかったことを、今年こそは達成しようと思い、2人でつくりました。「風呂と歯みがきは夜のうちに」なんて最低ですけどね(笑)(jinさん)

ちなみに現状での達成率について聞いてみると、「50%くらいですね……」と回答が。
取材に伺った日は10月の末。年末に差し掛かったこの時期に、達成率50%はかなり雲行きが怪しいが、「これからどれだけ巻き返せるかですね」とjinさんは前向きです。
来年には2026年度版もつくる予定らしく、このリストの中からも来年に持ち越されそうな項目が、いくつかあると話します。
「洗濯を溜めない・干しっぱなしにしない」。これは確実に持ち越されると思います。でも来年こそは達成率100%を目指します(jinさん)
動線も考えたこだわりのキッチン
料理好きなjinさんがつくったキッチンスペース。調味料や道具はすぐ手に取れる範囲にあり、秘密基地のような雰囲気はまさに「自分だけの場所」。



現在、自営業として「鈴」というケータリングサービスを運営し、料理に没頭するjinさん。自分好みに構築し利便性も追求したキッチンですが、そこでの過ごし方に厳格なルールはないようです。
排水管がちょうどいいスマホ立てになるんですよ。ここで料理をしながら、動画を見たりお酒を飲んだりして、少し疲れたら畳で寝っ転がるのが日課ですね(jinさん)

カラフルなタイルはあとから貼ったもの。remiさんが蚤の市で掴み取りをしてきたタイルを、組み合わせて貼ってみると偶然サイズが一致した。

またこのキッチンは料理場以外にも、もう1つの顔が。それは事務仕事をするうえでの作業スペース。

蔵前のMILLSでセミオーダーしたステンレスのテーブルも、以前は和室でダイニングテーブルとして使われていたが、今ではその役目をちゃぶ台に譲り、キッチンで作業デスクとして活躍しています。
和室で作業をすると、どうしてもくつろいでしまうので、キッチンの一部を作業部屋にしています。料理と仕事、まさに僕にとってのワークスペースです(jinさん)
お気に入りのアイテム
着火はライターで

お気に入りアイテムの1つ目として紹介してくれたのは、このガスコンロ。レトロな見た目に惹かれ、メルカリにて3000円で購入した一品っですが、搭載された機能は必要最低限。着火もライターで行う仕様です。

最新のガスコンロに比べれば、機能面で見劣りはするかもしれませんが、むしろこのアナログさがjinさんにとってはちょうどいい。
最近のコンロは火災を防ぐために、長時間使っていると火が自動で消えてしまうじゃないですか。このコンロは絶対に、勝手に消えたりしないので(笑)。煮込み料理など、長時間火にかけたいときは、むしろこのアナログなコンロのほうが使いやすいんです(jinさん)

夫婦でキャンプが趣味のjinさんとremiさん。キャンプで使っているヤカンも、使い込んでヴィンテージの風合いに。
思い出深い、記念のジャンプ

「SLAM DUNK」が人生のバイブルと熱く語るjinさん。この1冊は、「SLAM DUNK」のアニメ映画公開と同時に発売された記念号です。
しかもただの記念号ではなく、「SLAM DUNK」の名場面だけを集めたスペシャルな総集編。
普段ジャンプは買わないんですけど、これだけは買わずにはいられず(jinさん)

この漫画をきっかけにバスケも始めたらしく、今のjinさんを形づくった漫画の名場面集ともなれば、たしかに買わないわけにはいかない。
そしてもう1冊のジャンプは、以前まで勤めていた仕事にゆかりのある号のよう。

自営業になる前は、BEAMSで働いていました。そのとき、週刊少年ジャンプ創刊55周年の節目に、BEAMSでコラボTシャツを販売することになったんです。創刊55周年を迎えたこの号の表紙では、各ジャンプキャラたちがそのコラボTシャツを着ていて、僕にとって思い出深い1冊なんですよね(jinさん)
オリジナルの1着
最後にお気に入りアイテムとして紹介してくれたのは、こちらの小粋な甚平。タイダイ柄なんて珍しいと思っていたら、やはりただの甚平ではなかった。

「GOFUKUTEN」というアパレルブランドのディレクションをしていて、そこで販売しているオリジナルの甚平なんです。宣伝みたいになっちゃってすみません……(jinさん)

もともと私生活でも甚平を着用していて、個人的にかっこいいと思っているアイテムの1つなんです。そんな甚平を日常着としてアップデートできたらという思いで、ブランドをスタートさせました(jinさん)
甚平を着るようになったきっかけについては、あまり鮮明には覚えていないご様子。しかしその根底にはやはり旅館育ちというルーツがあり、このオリジナル甚平も、将来的には実家の旅館へ制服として導入したいとjinさんは話します。
ゆくゆくは銭湯のスタッフユニフォームなど、いろんな人に使ってもらいたい。甚平っていいんだよってことを知ってもらいたいですね(jinさん)

季節に合わせてさまざまな素材のラインナップが。チェック柄の甚平は開襟シャツのようにさらりとしていて、黒のタイダイはワークウェアのような素材感。
これからの暮らし
結婚後も大きく変わらず、等身大の暮らしを続けるjinさんですが、来年には大きな変化が訪れます。
実家の旅館を両親と一緒に切り盛りすることになり、来年には静岡に移住することが決まりました。2年近く住んだこの部屋からもあと半年ほどで退去して、静岡でゼロからのスタートです(jinさん)

「気に入っている部屋だから、退去するのは寂しい」と話す一方、向こうでの暮らしに期待もあると続けます。
東京と比べて、静岡なら家賃もお手頃で、部屋の選択肢も広がると思います。もしかしたら夢のマイホームなんてことも。いずれにしても、畳のある部屋探しは続けると思いますね(jinさん)

何度か取材させていただいた身として、この部屋がなくなってしまうのはなんだか寂しい。
しかしこの部屋で愛用していた、ちゃぶ台など一部の家具は引き続き使う予定とのこと。そしてこの部屋で達成できなかった「二人の目標」もまた静岡に……。
向こうで2人がどんな暮らしをしてどんな部屋をつくるのか、そして来年はどんな目標を立てるのか。
2人の暮らしは静岡に続いていきます。
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